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2011'03.25 (Fri)

すべての人に、また楽しい日々が戻りますように…

2011年3月11日(金)
地 震 と 津 波


地震のあと、あまりにも強い揺れに
驚いた人々が次々に外に出てきました。
一体何が起こるのだろう…そんな不安を感じた次の瞬間
津波が来てる!誰かの叫び声
見るとすぐ目の前10メートルくらいのところに、津波が迫っていました。

私は走り3階建てのビルの階段を2階へ上りました。
水はどんどん上がって来ます。
上の階に住んでいる方に声をかけられ、更に3階へと上りました。

下を見ると道路だったその場所は濁流と化し
轟音とともに、ありとあらゆるものを呑みこんでいきます。
消防車、トラック、自動車、自動販売機、人、バス、家…冷蔵庫…
何が起こっているのかわかりません。
建物の中に残っている人は!?外にいた人は避難できたのか!?
車の中で助けを求める人、何かにつかまって流されている人
電柱にしがみついている人、バスの上で震える人…助けられません。
この目の前の光景は現実なのか!

何度も押し寄せる津波と余震
目の前の惨状の恐怖もわからずにただ立っているだけ…。

電柱にしがみついていた人が、屋根伝いに助けられました。
車の中から脱出して流されながらも、結んだシーツにつかまり引き上げられた人
屋根に上っていて助かった親子、高台から見下ろす人々。

たぶん呑みこまれた人もあったことでしょう…。

その夜は3階の住居に避難させてもらいました。
ときどき見廻りの人の声が聞こえ、救助された人が手を引かれ
腰まで水に浸かりながら避難所へ向かっていました。

町からすべての灯りが消え、暗闇と静けさの中
余震は幾度となく続き、眠れぬ夜を過ごしました。

翌朝、外を歩く人の声。
空は晴れ渡り青空が広がっていました。
泥と瓦礫の山の上を歩いてる人もいます。自分の家を見に行くのでしょう。

程なく、誰も入ることができなくなっていた道に、自衛隊の姿が見えました。
倒壊した家屋や流された車両の中に取り残された人はいない
ひとつひとつ確認しています。

その様子は、どこか遠くの知らない場所で
何か大変なことが起こっている、そんなふうにも見えました。
でも今立っているこの場所は、津波が変えてしまった私の生まれ育った町なんだ。
そう思うと涙があふれてきました。
そしてそれは自衛隊員の人たちへの感謝の思い。

次々に到着する全国各地の消防と警察、救援の方々…ヘリコプターの音。

ほんとうに、ほんとうに大変なことが起きたんだ。
 




画像はすべて大渡町(おおわたりちょう)携帯電話のカメラで撮影

藤勇醤油・松坂駐車場前
  15時26分                15時28分
11_010-0311つなみ15261528



のぞみ病院前(旧釜石市民病院)
  15時30分
15時30分のぞみ病院前


岩手県道4号釜石港線  Wikipediaにリンク(←クリック) 
  大正軒~佐賀カバン店        くにや~大渡バス停  
  16時01分                  16時03分
つなみ16011603
※写真をクリックすると、少し大きめの画像が開きます。


事務所のあるビル2階の階段      のぞみ病院前(旧釜石市民病院)
 16時30分                  17時42分         
つなみ16351742
※写真をクリックすると、少し大きめの画像が開きます。

16:22  |  今日の出来事  |  CM(12)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

高速道路について

高速道路の無料化について疑問を抱いたので矢巾町に聞いてみました。

【質問】
矢巾町が、どのような判断で高速道路無料化のための
被災した証明書を発行することにしたのか、 お答えいただきたいと思います。

【回答】
被災証明を発行した理由についてお答えいたします。
 今回の事案につきましては、インターネット上で茨城県内の自治体の対応を見ての問い合わせに端を発しております。ネット上の情報から市町村に問い合わせが増えたことから、当町においても高速道路無料化の基準を国土交通省、岩手県に問い合わせをし、県内市町村とは情報交換しながら、対応を考慮したものであります。
 自治体として被災証明の意義を考えれば、貴殿のご意見のとおりであることは当然であります。しかしながら、住民要望、他市町村の発行状況から、発行してもしなくても不公平の声は上がることは予測され、苦渋の決断でありましたが、被災証明書の発行としたものであります。実際、1自治体のみ発行しないと決定することは難しく県内市町村はどこも苦渋の選択であったと思われます。
 また、当町の住民においても、親戚縁者等に被災者がおります。あるいは会社関係で被災された関係民間会社もあります。その方々がお見舞い、応援あるいは復興に向けて高速道路を有効に活用していただくことは、高速道路無料化に係る被災証明書発行に意義があるものと思っております。それ以外の町民の方々には、良識ある判断において行動してもらえるものと思っております。
 短期間の停電が被災にあたるのか、被災証明書を発行するに値するのかどうかについては、沿岸の被災地からすれば納得のできる行為ではないと思われますが、当町においても二者択一の苦渋の決断ではあり、町民の利益を第一と考え、さらに、高速道路利用増による地域活性化への期待から復興支援を願ったものであります。
SHIRONEKO | 2011年07月09日(土) 12:07 | URL | コメント編集

Re: 藤勇です。

藤勇様

こちらこそ、いろいろとありがとうございました。
(私の車が工場の中に転がっていた)

建物もきれいに修復され、営業再開のお話も聞こえ
安心&嬉しく思っていました。
写真の件、了解です。

大渡の事務所はしばしお休みですが
これからも、どうぞよろしくお願いします。

SHIRONEKO | 2011年05月18日(水) 11:04 | URL | コメント編集

藤勇です。

SIRONEKOさん。
いつもお世話になっております。
今回掲載された弊社の写真、よろしければいただけないでしょうか?
うちの従業員は、当時みな避難していて、この写真のような状況を誰も目撃しておらず、とても貴重な写真だと思います。
ご検討よろしくお願いいたします。

未記入 | 2011年05月17日(火) 17:41 | URL | コメント編集

ありがとう

fumiko ちゃん
どうもありがとう☆

釜石の小学生事情はよくわからないので
明日あたり徘徊ついでに聞いてみますね!

SHIRONEKO | 2011年04月15日(金) 18:25 | URL | コメント編集

ご無沙汰しております。

同級生の兄(昭〇)の妹です。
ご無事でなによりでした。
今回、実家とも連絡がなかなか取れず・・・心配でしたが、みんな無事でした。

釜石の津波映像は、何度も何度もみました。
『ここには、何があったっけ?』
それくらい、瓦礫の山・・・。

釜石では、個人からの支援物資は受付ていないと言われ・・・
うちのチビが4月から小学生になったのですが、同じようなお子様で例えば手提げカバン・上履き入れなどは足りてるのでしょうか?
今の自分には、それらの物を縫って送ってあげる事くらいしかできないのですが
もし必要な方がいらっしゃったら、教えてください。
fumiko | 2011年04月11日(月) 23:00 | URL | コメント編集

ご無事で何よりです

初めまして。釜石出身の者です。
去年の秋頃から「かだって」を通してSHIRONEKOさんを知り、釜石の写真やコメントを読み、楽しませて頂いております。

釜石の情報が少ない中、また、大変な思いをしたのに様子を載せてくださってありがとうございます。
地方から沢山の方が復興のために釜石に来てくださっていると、釜石の家族から聞きました。

余震が続いているので気を付けてくださいね。

釜石だけでなく、被災地全部の一日も早い復興を遠くで応援しています。


esu | 2011年03月30日(水) 17:04 | URL | コメント編集

はじめまして

震災の時から釜石の情報をさがしていたら、
このブログを見つけ、書き込みさせていただきました。

震災3日後に釜石に両親の安否を確認に行きましたが
変り果てた町に言葉を失いました。

そんな時に、このブログに出会い、懐かしい釜石の風景・廃校になった我が母校の釜石二中が写っていました。

これから復興していく釜石を書き綴ってもらいたいとエールを送ります。

また、お邪魔します。

cocos* | 2011年03月30日(水) 08:40 | URL | コメント編集

みなさんありがとうございます

徘徊記録帳を見ると、いろいろなことを思い出します。
釜石って、こんなにいいところだよ~!と伝えたかったのです。
出かけるときにはカメラを片手に、知らない人にも
写真とりますよ~と声をかけ
インターネットに載りますから覚悟していてくださいね☆
なんて言って、徘徊したものです。

海も、山も、川も、町も大好きです。
SHIRONEKO | 2011年03月28日(月) 18:41 | URL | コメント編集

Re: 釜石市の様子教えていただきありがとうございます

お調べしますので、もう一度メール送信フォームよりご連絡お願いします
SHIRONEKO | 2011年03月28日(月) 18:34 | URL | コメント編集

はじめまして。

無事でいてくれて何よりです。
私は大槌町に実家があるものです。
今は石川県に住んでおります。
ホームシックになったときに時々こちらのブログにお邪魔して、懐かしい風景の写真をみて癒されていました。

今回の津波で私も実家を失いました。
このブログは失った街の風景写真がたくさん載っています。
みんなの心の宝物になるようなブログです。
ぜひ元気に頑張っていただきたく思い、コメントさせていただきました。

おゆき。 | 2011年03月27日(日) 00:06 | URL | コメント編集

震災の数日後、テレビで釜石港から押し寄せる津波の映像を
見ました。その時になって始めて釜石にも大変なことが
起こったのだと理解しました。旧友を毎日、探しましたが
安否が分からず途方にくれているときに「SHIRONEKO」さんの
無事を知りました。その後、旧友も無事と分かりほっとしました。
(お世話になりました。)

釜石はどんなに時間がかかっても、立派に復興するに違いない。
釜石ってそんな町ですよね。遠方より応援しようと思っています。
しょじょじ | 2011年03月26日(土) 02:03 | URL | コメント編集

生きていてくれてありがとう

生きていてくれてありがとう。今はそれが一番嬉しいです。生まれ故郷がこのような状態になって沢山の人が亡くなり、行方不明になり、家を失いました。でも生きていてくれてありがとう。遠くから言えるのは今はそれだけです。必ずまた釜石を復興させる為に皆で立ち上がって下さい。全国から皆応援します。SIRONEKOさん生きていてありがとう。
take | 2011年03月25日(金) 16:31 | URL | コメント編集

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