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2009'04.19 (Sun)

橋野高炉跡

橋野高炉跡
※写真をクリックすると、少し大きめの画像が開きます。

2009/4/18(土)
日本で一番最初に洋式高炉で鉄が作られたのは釜石
小学校3年生くらいの学校の教科書にそのように載っていたと思う。
大島高任は、ヒーローでした。
JR釜石駅前にある、像の人です。

近代製鉄の父といわれる大島高任の技術指導により
安政5(1858)年から翌6年にかけて建設され、
その後、南部藩が経営したもので、最古の洋式高炉跡として
国の文化財(史跡)に指定されています。
三基の高炉跡のほか、水車場跡や御日払所、長屋跡そして
山神社跡なども確認され、その遺構は当時の稼動状況・経営状況
までも示し、その価値は極めて高いものです。

釜石商工会議所提供 釜石漫遊ドットコムの記事 (←クリック)
日本の史跡101選 日本経済新聞社広告局 (←クリック)

昭和59年4月3日に、アメリカ金属協会から歴史的遺産と
みとめられ、「ヒストリカル・ランドマーク賞」を受賞しました。

今の大きな製鐵工場の始まりは、ここだった。
この地で始まった、と周りを眺めて思ったこと
世界遺産登録とか、そんな話題が一時期ありましたが
それにしては荒れ放題・・・もっと大事にするべきです!

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12:42  |  史跡・文化財  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2007'10.20 (Sat)

尾崎神社奥宮の由来

尾崎神社奥宮 由来

2007/10/20(土)
尾崎神社奥宮の由来を記した看板があります。
看板のとおりに書きました。

尾崎神社縁起に曰く、源為朝三男為頼は
平家滅亡後、源頼朝に謁して閉伊郡に封ぜ   ※謁(えつ)
られ閉伊頼基と称した。承久二年、頼基卒
し(六三才)遺言によって此所に葬られ
た。以来武神として武士階級の尊崇すると
ころとなり、尾崎神社の祭神が頼基考えら
れてきたのはこの由来によるもので、こ
の神社の創立はこれより古いことが知ら
れ、海の守護神として地方民の尊崇あつ
く、信奉者による鳥居、石灯籠、神木等の
建立寄進された多くの記録がある。また、
代々の南部藩主も当社を尊崇し、直参、代
参がしばしばなされている。
享保四(一九七九)年に尾崎神社に大明
神号宗源宣旨が下されました。
祭神 日本武尊
祭日 十月十七日、十八日、十九日(秋
祭り)
平成十六年九月
釜石市教育委員会

Googleマップ (←クリック)

※写真をクリックすると、少し大きめの画像が開きます。

テーマ : 神社・寺院 - ジャンル : 写真

11:21  |  史跡・文化財  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2006'03.25 (Sat)

209号~最後の鉱石を運んだSL~C20型機関車

209号~最後の鉱石を運んだSL~

2006/3/25(土)
小川体育館から、消えた(゜o゜;)と思っていたら・・・
やっぱりココ鉄の歴史館だったのね!

この209号は、釜石~大橋貫に敷設された
釜石製鉄所専用鉄道を走った日本製機関車で、
昭和八年から国鉄釜石線が開通するまで活躍した。
専用鉄道は、一般に「社線」と呼ばれ、鉄鉱石だけでなく、
一般旅客をも運ぶ鉄道として、親しまれた。
製鉄所専用鉄道は、
官営製鉄所(明治七年着工、同十三年操業)の
原料、資材を運送するため、明治八年に着工、
日本で三番目(着工は二番目)の鉄道として、
同十三年から運行を開始した。
釜石~大橋間の本線は、鉱石、
支線の小川線では木炭をそれぞれ運んだ。
その当時の機関車は、
イギリスのシャープ・スチュアート社製で三輛であった。
しかし、明治十六年官営が廃止したとき売却され、
大阪~堺間の阪堺鉄道を走行した。今の南海鉄道がそれである。
明治十九年にスタートした田中製鉄所(釜石製鉄所の前身)では、
一時期馬車鉄道(明治二十九年から)に代わったが、
同四十四年に機関車となり、昭和四十年三月まで運行された。
この209号は、専用鉄道撤去にあたり、
昭和四十年三月二十八日、
最後の鉱石を積んで走った「ミニSL」である。
昭和六十年六月
寄贈 新日本製鐵(株)釜石製鉄所

型式 C20    長さ 9メートル
幅  2メートル  高さ 3メートル
重さ 18.2トン

テーマ : 鉄道写真 - ジャンル : 写真

11:58  |  史跡・文化財  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2005'08.27 (Sat)

星座石

星座石

2005/8/27(土) 
岩手県指定文化財 昭和60年12月27日
江戸時代の地理学者・伊能忠敬が幕府の命を受け、享和元(1801)年に現在の釜石市唐丹町を訪れ、実地測量を行いました。この偉業を讃え、旧唐丹村の天文暦学者葛西昌丕により、この星座石が作られました。
星座石にはこの地の緯度と二十四の星座が刻まれていて、昌丕が建立した「陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑」とともに岩手県の文化財に指定されています。
盛岩寺さまの★星座石の解説ページ
飛ぶ夢と私さまの★解説ページ

国道45号小白浜トンネルを抜けてすぐの交差点の海側(唐丹町本郷)に、星座石の立派な看板が建っています。
案内どおり進んでいくと山側に、竹に覆われた小さな鳥居を発見。
これかぁぁ~(゜▽゜;)
石段の草と掻き分け登っていくと、意外と近かった(;^_^A 
とりあえず屋根みたいなものはありましたが、ほとんど雨ざらしで文字が消えかかっています。
★おまけの写真

テーマ : 道ばた写真 - ジャンル : 写真

16:28  |  史跡・文化財  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2005'05.10 (Tue)

史跡・柏館跡

史跡・柏館跡

2005/5/10(火)
史跡
野田の釜石園芸植物園の急な坂道を登ったところに
荷稲神社の鳥居発見(「・・)ドレドレ
柏館について・・・室町時代中頃に
阿曾沼氏の家臣・柏館新五左衛門が築城したという。
城主は 大槌孫三郎、大槌孫八郎政貞 。

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13:30  |  史跡・文化財  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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